【第2回】不妊治療を正しく、分かりやすく伝える難しさ
前回は、当院の情報発信の歴史(電話相談からホームページへ)についてお話ししました。
今回は、今回のホームページ刷新で最も難しさを感じた「不妊治療を正しく、かつ分かりやすく伝えることの難しさ」と、私自身の医師としての歩みについてお話ししたいと思います。
日本の生殖医療の黎明期と、私の原点
私が生殖医療に携わり始めた頃は、体外受精をはじめとする新しい技術が世界各国から次々と報告されていた時代でした。
毎年アメリカやヨーロッパの生殖医学会に参加し、現地で得た新しい知見や技術を日本へ持ち帰ることに大きなやりがいを感じていました。医療が目に見えて進歩していく、実に刺激的で充実した時代でした。
私は慶應義塾大学医学部を卒業後、同産婦人科および関連病院である東京歯科大学市川総合病院で研修を受けました。
当時、同チームは国内2例目となる体外受精による妊娠に成功し、その後国内初の凍結受精卵を用いた胚移植にも成功しています。若い医師だった私にとって、この最先端の環境で生殖医療の礎を学べたことは、その後の医師人生を決定づける大きな財産となりました。
その後、大阪大学へ移り、当院を開院するまで生殖医療の研究と臨床に携わりました。
ベルギーで学んだ顕微授精(ICSI)と、手作りの針
顕微授精(ICSI)が登場したのも、ちょうどその頃です。
私はICSIの開発者であるPalermo博士らの講習会に参加するため、ベルギーへ向かいました。現在でこそICSIに使う針は既製品を購入できますが、当時は自分たちで製作しなければなりませんでした。
講習会では、顕微鏡を使った精子の注入技術だけでなく、細いガラス管を加工して針を作る工程から実践していました。
帰国後、大阪大学で私自身がICSIを行い無事に妊娠・出産に至ったとき、「新しい技術によって、これまで妊娠が難しかった患者さんの可能性が大きく広がる」と心から実感しました。
「最新技術の追求」から「人(患者さん)を支える医療」へ
大阪New ARTクリニックを開院した当初、ホームページで伝えたかったことの中心は、こうした「新しい技術の紹介」でした。
しかし、長年臨床に携わるなかで、治療技術の説明だけでは不妊治療のすべてを伝えることはできないと気づかされたのです。
不妊治療には、必ずしもすぐ結果が出るとは限らない「不確実性」があります。期待と不安の狭間で、検査結果や妊娠判定に気持ちが大きく揺れ動く患者さんを数多く目にしてきました。
欧米では当時から、医師とは別に心理カウンセラーが患者さんを支える体制が整っていました。治療技術だけでなく、「治療を受ける人そのものを支えること」が何より重要なのです。
そこで当院では、開院当初から専門カウンセラーによる心理サポートを導入し、以下の「5つの理念」を掲げました。
【大阪New ARTクリニック 5つの基本理念】
- Safety(安全性)
- EBM(科学的根拠に基づく医療)
- Humanity(人を大切にする医療)
- Tailor-made(一人ひとりに合わせた医療)
- Challenge(未知への挑戦)
新しい技術を取り入れることと、患者さん一人ひとりの心と体に寄り添うこと。この両立こそが、当院の生殖医療の根幹です。
なぜ「Webで正しく伝えること」は難しいのか?
ところが、この想いをホームページで伝えようとすると、大きな壁に突き当たります。
専門的に詳しく書くと……
一般の方には難解で伝わらない。
分かりやすさを優先しすぎると……
治療の限界や不確実性が伝わらず、「この治療を受ければ必ず妊娠できる」という誤解を生んでしまう。
新しい治療ばかりを紹介すると……
「新しいほど効果が高い」と思われがちだが、すべての患者さんに最新治療が必要なわけではない。
「寄り添います」と一言書くだけでは……
当院が実践してきた「専門家による本格的な心理支援」の価値が正しく伝わらない。
何が分かっていて、何が未解明なのか」
「患者さんにとって今、本当に必要な治療は何か」「
これを限られた画面や文章で伝えることは、対面の診療以上に難しい作業でした。
だからこそ今回のリニューアルでは、単に治療法を網羅するのではなく、「当院が何を大切にし、どのような考えで治療を選んでいるのか」という本質(ポリシー)をしっかり伝えるページ構成を目指しました。