お母さんの気持ち
大阪New ARTクリニックに勤めて6年半が過ぎました。毎日患者さまから卵と精子を預かり、生まれた胚を観察していますが、何年経っても日々驚きと感動の連続です。
人に様々な顔、容姿、背格好があるように、卵と精子、その2人から生まれる胚にも様々な顔、容姿、背格好があります。同じ患者さまからお預かりした卵・精子でさえも一人ひとり同じ顔、容姿、背格好をしたものはないのです。生殖補助医療未経験で入職したばかりの私はこのことに非常に驚きました。今では様々な個性を驚きながらも微笑ましく思い、日々の成長を見守っています。
本来なら、お母さんの卵管内で卵と精子は出会い、受精して生まれた胚が成長するのですが、そのすべてを体外である当クリニックの培養室で行われます。卵管内よりも厳しい環境の下で必死に生き、成長する過程を見守っていると、我が子の成長を見守るお母さんはこんな気持ちなのかしらと思うときがあります。
例えばお預かりした卵子の中でも見るからに痛々しい子が見事に胚盤胞まで成長を遂げてくれたときは感動ものです。よく頑張ったねと褒めてあげたくなります。
私たちには厳しい体外環境をできるだけ体内環境に近づけ、悪影響を1つでも多く取り除き、この子達の成長の邪魔をしないように見守ることしかできません。生命の力強さの源は患者さまから生まれます。自分から生まれた生命の力を信じて治療を乗り越えてください。培養室でお預かりしている間だけでも同じ思いで見守り応援しています。
胚培養士の使命
私たち胚培養士は皆様の卵や精子をお預かりする業務に加えて、患者さま一人一人の精子や卵子のデータを整理しています。これらのデータはIVFやICSIといったテーマごとに集計を行い、年に数回、国内や海外の学会で発表する活動も行っています。私たちが参加している学会は生殖医学会や受精着床学会、海外ではアメリカ不妊学会、ヨーロッパ不妊学会などがあります。
年に数回各学会に参加するのは、胚培養士はもちろん医師や看護師も交えて活発な議論をかさね、新しい技術や器具に関する情報を得るため。そしてもう一つの理由は今現在行っている臨床が自分たちの思い込みによるものではないことを証明し、客観的に判断するために発表しているのかもしれません。患者さま一人ひとりに個性があるように、胚や精子にも個性はあります。これらの個性をどう扱っていくのか、過去の経験や学会などで得た知識を使って考えることが私たち胚培養士の使命であると考えています。
日本哺乳動物卵子学会の定める生殖補助医療胚培養士の認定試験を受けて
今日の生殖医療の進歩に伴い、知識や技能、高い倫理観をもつ胚培養士の技術の向上と発展を促すことを目的として、日本哺乳動物卵子学会により生殖補助医療胚培養士を認定する試験が年1回行われています。
今回、患者さまから預かった大切な卵子と精子を扱う者として自分でも非常に必要な資格であると思い受験しました。受験資格としては1年以上の臨床実務経験を有し、学会および関連する学会に最近1年以内に2回以上参加していることなどです。試験は2日間に渡り行われました。当日はこの分野で第一線を担う講師の方々による講義から始まり、筆記試験と面接では基礎から臨床、倫理面まで広範囲に渡る知識を要求されました。
入職して以来、技術を身につけようと懸命になっていましたが、基礎知識の上に臨床があることを再認識できました。また、高い倫理観をもって日々の臨床に取り組む姿勢を身に付けることが出来たと思います。日々の業務を行いながらの試験勉強は大変でしたが、この試験に向けて勉強したことによって、一歩成長できたと思います。
新人の頃を思い出し、気持ちを新たに
今春も培養室に新しいスタッフが加わりました。私は今年で4年目になりますが、新人さんを見ていると入職した頃を思い出します。当院の胚培養士は入職してからまず、周りのスタッフそして院長との信頼関係を築くことから始まります。
私達は患者さまから卵子、精子をお預かりしています。何ひとつミスの許されない仕事です。そのため入職後すぐに技術を教え込むのではなく、当院のスタッフとして、培養士としての倫理観を大切にしています。言葉だけで教えられるものではなく、周りのスタッフを見て感じとっていってくれていると思います。
入職後は主に器具の洗浄や物品の補充などを行います。その仕事ぶりや普段の様子から、信頼できる人だと認められて初めて技術を教わることができます。新人の頃はその大切さにすぐには気付けず、技術が教われずにもどかしい思いもしました。新人さんを見ていると自分と同じような思いをしているのではと感じることがあります。
しかし、今もこれから培養士をしていく上で大切な時期、すぐに思う存分仕事ができるよと陰ながら見ています。新人さんの成長を期待するとともに、新人の頃を思い出し、気持ちを新たに頑張ろうと思います。
培養室の一日
今日は、皆様が普段目にすることのない培養室の一日の仕事についてお話させていただきます。
私たち培養士は出勤後、皆様からお預かりした胚を体外で培養するための培養器および各機器に異常がないかを毎日チェックしています。
午前中は受精確認からはじまり、胚の観察、採卵時の卵子の回収、精子の調整処理、胚や精子の凍結、胚移植、媒精を行い、午後からは顕微授精、翌日からの培養液の準備、データ管理を主に行っています。
常に胚にとって最適な環境を提供できるように、胚の声なき声に耳を傾けるように務めています。
また、定期的に最新の知識・技術を取り入れるため、
英文抄読会を行っています。
海外で発表された報告についてスタッフ同士意見交換することは、私自身とてもよい刺激になっております。
このように患者さまから預かった卵子や精子と向き合い、よい結果につながるお手伝いができるよう日々頑張っています。これを機会に、普段接することが少ない培養士の仕事を少しでもご理解いただければ幸いです。
最後に余談になりますが…
梅田という立地条件のよい場所にある当クリニックは、パシフィックマークス西梅田の10階に位置し、各部屋より眺める大阪の町並みは大変きれいです。特にエレベーターホールから仕事終わりに望む夕日が日々の緊張感をほぐしてくれています。
もうひとつ癒してくれるものが、当クリニックの最寄り駅であるJR環状線福島駅のそばで販売されている福島ふんわりロールというロールケーキです。シンプルながらしっとりとした生地が美味で、培養士の間で流行っていることのひとつです。
楽しさと、やりがいと。
私が大阪New ARTクリニックでは、厳しかった事・苦労した事も多いですが、総じて言えば院長の高い指導力の元、他のスタッフと共に、もっともっと上のレベルへと切磋琢磨してきたことで、楽しさと大きなやりがいを感じてきました。数々の研究の成果を学会に報告する機会を与えてもらい、昨年はアメリカ不妊学会にも参加させていただき、多くの興味深い研究成果を学ぶことができました。
私は総合病院、胚培養士としての経験がありましたので、今までの経験を生かしてクリニックに貢献したいと思って入職してきたのですが、まず最初に痛感したことは、一人ひとりのスタッフ技術力の高さ、そして業務に対する真剣さと厳しさでした。
院長が常日頃から我々胚培養士スタッフに言っていることがあります。
「技術ができるからその仕事をまかせるのではない、院長やスタッフ全員から信頼されるから任せるのだ。彼がやったからには絶対に間違いは無いと思わせるような仕事をして欲しい。」
スタッフ一人ひとりがこの言葉を忠実に守って、厳しく自分自身を律している事がひしひしと伝わって来ました。理想論を言葉で言うことはたやすいことですが、実際に毎日それを絶やすことなく実践し続けていくことは、想像以上に大変な事です。
それを、クリニック設立以来長きにわたって妥協することなく黙々と努力してこられた事に強い感動を覚えました。それからは、とにかく1日も早くクリニックのレベルに追いつき力になろうと、懸命に努力を続けました。毎日最終電車ぎりぎりまでトレーニングを繰り返し、日曜祝日もクリニックにいくのが当たり前になっていました。
今や、不妊治療は社会的責任、患者さまからの要求ともに非常に高い仕事である事を強く感じております。クリニックの基本理念である、"EBM & HUMANITY"の元に、もっともっと上のレベルを目指して更なる努力をつづけて行きたいと思います。