妊娠するためのヒント:卒業者のメッセージ

不育症

  • 年齢37歳氏名R.U様

    不妊治療を始めてから約8年。他院(3院)にて人工受精、体外受精、顕微受精を数え切れないほどくり返しましたが、なかなかうまくいかず、流産も2回経験しました。 もうやめようと何度も考えましたが、なかなかふんぎりがつかず、いつのまにやら8年という長い年月がたっていました。 2回目の流産の後、通っていた鍼灸院の先生に不育症の治療をすすめられ、New ARTクリニックさんにお世話になることにしました。 長い治療の中で様々な知識を得ていた私達夫婦でしたが、院長先生のお話は、何もかもが新鮮で、院長先生が発せられる一言一言にはすごいパワーがみなぎっていました。 そして、少し弱気になっていた私達夫婦は、その言葉に続けていく勇気と「絶対子宝に恵まれる」という希望をいただきました。 そのおかげか、今まで10回以上くり返してもだめだった体外受精たった1回で、無事妊娠することができました。 すごくわかりやすい治療の説明で、その後の不育症治療も安心してうけることができました。院長先生をはじめNew ARTクリニックのみな様には本当に感謝しています。あきらめずにがんばってよかったです。

  • 年齢40歳氏名M.I様

    大阪New ARTクリニックの皆様、この度は大変お世話になりました。人工授精、体外受精、稽留流産、不育症治療を経験しましたが、私達夫婦は共に前向きな性格ということもあり、悩んだり泣いたりすることは一度もありませんでした。 ダメだった時は「今では無いんだな」と現実を受け入れ、すぐに気持ちを切り替えて、妊娠したらできないことや飲食できないものをリストアップし、旅行や食事会、加圧トレーニングなどを充分に楽しみました。みんな顔が違うように、体も違います。 先生にはよく「私に合った治療をしてください」と伝えていました。また私は、医学は常に進歩していると思っており、富山先生、看護師の方々、胚培養士の方々、そして自分自身を、強く信じ続けてここまでくることができました。 だからこそ、世の中の様々な情報に翻弄されることなく、いつも冷静でいられたとも思います。 先生が説明会で「元気な赤ちゃんを産むことがゴール」と仰った通り、今後も着実に進んでいきたいと思います。いろいろと本当にありがとうございました。 深く感謝いたします。

  • 年齢31歳氏名R.K様

    私は2人目妊娠中に不幸があり、その時の産婦人科の先生に「不育症かもしれない」と言われました。そして「いつでも紹介状を書いてあげるから、もし必要なら言ってね」と言われたので、私はこのクリニックに決めて来るようになりました。 当時は『不育症』というものが何なのかまったく分かっていませんでした。 ですが、ここに来て調べてもらい説明を聞いてようやく理解ができました。 不安だらけでしたが詳しく教えていただき、質問にも丁寧に答えていただけました。 私の事情でゴタゴタしたりもありましたが柔軟に対応してもらい、何とか自然妊娠できました。 このクリニックに決めて良かったなと思います。 本当にありがとうございました。

  • 年齢32歳氏名T.A様

    今年で結婚4年目になりますが、これまで2度流産を経験しています。 1度目の流産後、妊娠はできたんだから、またすぐ妊娠できるだろうと思っていましたが、そこから1年経っても妊娠できず、自宅近くの某不妊クリニックへ通い始めました。 そのクリニックではタイミング法を5回、卵管造影後に妊娠することができましたが、再度流産となりました。 以前通っていたクリニックでは薬や漢方の処方や注射などの流産予防は一切なく、自分でも分かるようなタイミング法のみで、人工授精を希望しましたが「そんなに焦らなくて大丈夫だと思いますよ」と言われ、だんだん焦りと不信感が募るようになり、 以前のクリニックには通うのが嫌になっていました。 そんな時、知人から大阪ニューアートクリニックの評判を聞き、思い切って転院を決めました。 富山先生の治療方針はとてもはっきりとしていて、迷わずタイミング法ではなく人工授精を薦められました。流産予防の薬や漢方なども「できることは全てやりましょう!」と言ってくださり、 同じ不妊治療なのに病院によってこんなに違うのかとびっくりしました。 説明会にも参加し、夫婦一致で「この先生にお任せしよう!」と決めました。 それでも半年から一年はかかるだろうと体外受精まで覚悟を決めていましたが、幸運にも1回の人工授精で授かることができ、過去2回流産した週数も乗り越えることができました。このクリニックに転院して本当によかったと思いました。 治療が長くかかる方もいらっしゃると思いますが、富山先生を信じて、ご夫婦で支え合って頑張ってください! 富山先生、スタッフの皆さま本当にありがとうございました。

  • 年齢34歳氏名A.K様

    結婚して半年経った頃、妊娠が判明しました。ところが、8~9週で心拍確認後流産しました。とても落ち込みましたが、流産は決して珍しいことではないという周囲の言葉もあり、前向きに過ごしていました。そんな中、1度目の流産からちょうど1年弱経った頃、2度目の妊娠が判明しました。ところが、7週目でまた心拍確認後に流産しました。その際、2度であれば、特に検査は必要ないと思い、また、日々の生活を前向きに過ごしていたのですが、心のどこかで「私には、何か問題があるのではないか」と漠然とした不安を抱えていました。妊娠を計画的に考え、産婦人科で4か月ほど不妊治療を行いましたが、色々な面でストレスが溜まり、中断しました。その後は、少し、治療のことは忘れて旅行に行ったり、友達とご飯に行ったりして過ごしていました。数か月そんな日が続きましたが、ある日主人が、「知り合いの人の奥さんが、大阪NewARTクリニックに通って出産したらしい、一度行ってみたら?」と話してきました。そこですぐに訪院して、9か月が経ち、現在妊娠5か月に入ったところです。人一番、優柔不断な私にとっては、ぴったりの病院だったと思います。富山先生に引っぱって頂き、ここまで来れたように思えます。病院の看護師さんのやさしい声掛けにも助けられました。とはいっても、今もまだ不安で一杯です。でも赤ちゃんが育ってくれる力、生まれてきてくれる力を信じて、リラックスして過ごしたいと思います。”「期待をせずに希望を持つ」”、”「妊娠は、ゴールではなく始まり」”私が卒業された方のメッセージの中で印象に残り、勇気づけられた言葉です。不妊治療、不育治療は、すぐに答えの出るとは限らないものです。だからこそ時には息抜きをして前を向いて進んでいくしかないと思っています。

  • 年齢31歳氏名S.K様

    ○歳で子宮筋腫を手術。「子供は30歳までに」と言われており、○歳で結婚と同時にタイミングをとり始めました。近所の婦人科で人工授精2回まで進めてもかすりもせず、こちらの評判を聞き、○歳で転院しました。富山先生は「大丈夫!絶対妊娠しますよ!!」と太鼓判を下さりびっくりしましたが、続けての4回の人工授精はすべて陰性。ここからのステップアップがとても苦しかったです。ホルモン注射で張っていくお腹と、仕事との調整がうまくいかず、採卵の日は精神的にボロボロでした。看護師さんの方は状況をゆっくり聞いてくださり、その気遣いにとても救われました。結局22個採卵できたうち、5個が胚盤胞まで育ってくれ、1回目の凍結肺移植を実施しました。が、着床反応はなく、念の為にと願い出た着床障害(不育症)検査で引っかかってしまいました。先生は「受精卵を異物として攻撃してしまう。着床しづらく、流産もしやすい」とおっしゃられ、ショックでした。主人や親友に支えになってもらい、不育症について勉強するうち、残り4つの卵に最善を尽くして、だめなら諦めようと決心しました。全国探しても、不妊症と不育症を同時に見てくれるクリニックなんて数少なく、逆に挑戦できるだけラッキーと開き直れました。2回目の移植はとにかくフルコースさせて頂き、無事陽性判定。流産の心配をよそに順調に育っていってくれ、今回16Wでの卒業となり、ほっとした気持ちです。淡々としながらも、常に最善を尽くして下さる先生、雑談の中で細やかにフォローして下さる看護師さん方、いつも笑顔で迎えて下さるフロントの方、卵をしっかり育てて下さった培養士さん方、皆さんのお陰で最短でここまで来られたと思っています。皆さんとのご縁に感謝しています。本当にありがとうございました。

  • 年齢30歳氏名R.S様

    私の長い通院生活も、一旦今日で卒業になりました。前回人工授精で一人目を授かりましたが、18週で胎児の生育不全が見つかり、22週で死産となりました。母体側も胎児側も原因が見つからず、暫くはショックから立ち直れませんでしたが、半年たったころから、大阪NewARTクリニックに通い始めました。まずはまた人工授精からのスタートでしたが、6回チャレンジするも妊娠せず、体外受精をすることに、初回で運よく妊娠したものの心拍確認できず、凍結卵に望みを託しましたが化学流産。卵もなくなり、流産が続くため不育症の検査を改めて受け、その結果次からはヘパリン注射をしながら治療することになりました。卵が十分育たず、採卵が中止になることもありましたが、何とか無事二度目の採卵で妊娠することができ、今もヘパリン注射を続けながら16週目を迎えています。治療は時間もお金もかかるけれど、結果は半分運任せ。しんどいな、なんで自分ばっかり、と思うこともありましたが、“悩んでいてもしょうがない”と、なるべく明るい気持ちで治療に臨むようにしていました。これを読んでいる方の中には私のようになかなか思うように結果が出ない方もいらっしゃると思いますが、ここに来れば少しづつでも妊娠に近づくと思ってあきらめずに通っていただきたいなと思います。正直まだまだ不安でいっぱいですが、生まれたわが子の写真を大阪NewARTクリニックの壁に飾ってもらえるように頑張っていこうと思っています。最後になりましたが、いつでもぐいぐい引っ張って行って下さった先生、優しく声をかけて下さった看護師さんたち。本当にありがとうございました。またお世話になることがあるかもしれませんが、その時もよろしくお願いします。

  • 年齢30歳氏名T.Y様

    私が不妊治療デビューしたのは2011年です。不正出血が続くので婦人科へ行くとPCOSと卵巣嚢腫が判明し、すぐ排卵誘発剤でタイミング法をしました。一回目で妊娠したのですが、残念ながら15週で原因不明の子宮内胎児死亡となってしまいました。2012年から大阪NewARTクリニックにお世話になり、まず人工授精を6回しましたが妊娠せず、少し焦りました。2013年に初めての体外受精。この時29歳で「急ぎすぎたかな?」とも思いましたが、時間が勿体無いし出来るだけのことはしたかったので踏み切りました。卵は10数個取れましたが顕微授精で受精したのは2つだけでした。2つのうち1つを移植し妊娠しましたが、6週で流産。精神的にも肉体的にも疲れたので、半年ほど治療を休みました。休み中、飲みに行ったり旅行に行ったりリフレッシュできたので、休んで良かったです。先生は気長に待ってくださるので、しんどくなったら休んだらいいと思います。あと休み中に時間が勿体無いので不育症の検査を受けました。NK細胞が少し高いだけで特に異常無しでした。今年の1月に残り1つの凍結胚盤胞を戻してもらい、三度目の妊娠をしました。NK細胞対策の注射や薬をもらいながら順調に育ってくれて、今10週です。この対策をしなければ、今回もダメだったかもしれないので、検査して良かったです。前回の流産のことを考えると常に不安ですが、あまり神経質にならないようにしています。治療は辛かったですが、大阪NewARTクリニックに行くことは苦にならなかったです。先生はいつも情熱にあふれていて的確ですし、スタッフの皆さんも常に笑顔で優しく接してくださりました。待ち時間が短く時間の目処が立てやすいので通院後習い事をしたり、遊びに行ったりもしました。特に頑張った日は自分へのご褒美にデパ地下でちょっといいワインとかスイーツを買い物して帰ってました。本当に大阪NewARTクリニックだったから、乗り越えられたと思います。先生を信じて進んでいけば、きっと上手くいくと思います。もし周りに不妊で悩んでいる人がいれば、迷わずこちらを紹介します。本当にありがとうございました!!

  • 年齢35歳氏名M.E様

    この度、大阪NewARTクリニックに通い始めて2年半で卒業することになりました。他の方のメッセージを読んでいますと私は胚移植の回数も多い方のようなので、少しでも皆さんの気持ちが楽になればと思い、これまでの経験を少し書かせて頂きます。初めてクリニックに来たころは、赤ちゃんができない原因が分かればいいなと本当に軽い気持ちで来ていましたので、自分が不妊症だという自覚もそれほどありませんでした。そのころには、自分が体外受精まですることになるとは全く考えておらず、むしろ高度不妊治療に対し抵抗を感じており、通院を開始したことで前に進んだと錯覚し早い段階で赤ちゃんはできるだろうと思っていました。しかし現実は厳しく、タイミングを重ねても毎月妊娠せず、半年ほど経って先生から人工授精に進むことを示唆されたとき、心の準備ができておらず先生に少し待ってもらいたいとお願いしました。今思うと人工授精はタイミングに近い治療内容でしたが、当時は何の知識もなかったため、人工授精と体外受精との区別もついていませんでした。自分と夫との気持ちを確かめ、何としても早く赤ちゃんが欲しいという気持ちを再確認し、治療を再開することができました。人工授精から体外受精に進む際には何の抵抗も感じませんでした。体外受精に進んでからは、1度、2度と陰性が続き、私は本当に赤ちゃんを抱くことができるのかと大げさではなく絶望しました。周りの妊婦さんや赤ちゃんを見ると自分が女性として大きな欠陥があるのだと言われているようで涙が溢れました。そして、子供のいない人生も考えなければいけいのかなと考えだした頃、先生の「3度目までにきっと妊娠できる」という言葉の通り、3度目で陽性判定を頂くことができました。この時、先生の「おめでとう」の言葉に涙して喜びましたが、残念ながら繋留流産となりました。陽性判定さえ頂ければ赤ちゃんは無事生まれてくるものだと思っていた私には、その時のショックは今でも忘れることはできません。しかし、この時期初めて陽性反応が出たことで、私も妊娠することができるのだと希望を持つこともできました。その後も体外受精を続け再び流産してしまいましたが、不育症の検査をしてやっと少し引っかかると思われる原因が分かりました。その検査結果に基づき今回からはヘパリン注射も始め、やっと妊娠を継続することができ16週に入りました。原因が分からないことが多数であるといわれる不妊症、原因が分かればそれを直すという目標を持てるのですが、それがないため治療を続けることがとても辛いと思います。けれども、そんな中私が治療を続けられたのは、富山先生の「大丈夫、大丈夫」という自信に満ちた言葉にいつも背中を押してもらい、先生に任せておけば大丈夫だと思えたこと、看護さんやスタッフの方たちの優しい笑顔と親身になって話してくださる言葉に救われたからです。本当に大阪NewARTクリニックは雰囲気も明るく、物理的にも待ち時間が非常に少なくなるよう工夫されており、辛い時でも淡々と通院を続けることができました。不安な方も、先生を信じて任せておけば大丈夫だと思います。先生の方からは細かいことは仰いませんが、私はそれが良かったと思っています。また、不安な気持ちを伝えると細かいことまできちんと説明してくださいます。私は未だに心配なことがあると予定外の日でも診察をお願いしています。現在はインターネットの情報が氾濫しており、不安になられることも多いと思います。また、不安な時ほど情報を探してしまうと思います。私がそうでした。けれども、何よりも先生に「大丈夫」と言ってもらえれば一気に安心することができます。私は無事に赤ちゃんが生まれてくるまで、まだまだ不安な日々ですが、ここまで来られたのは先生とスタッフの皆様とそして誰より支え続けてくれた夫のお陰です。心から感謝しております。また、現在赤ちゃんを待っている皆さんにも元気な赤ちゃんが授かりますよう願っています。

  • 年齢39歳氏名S.Y様

    37歳で結婚。結婚後すぐ、卵管造影検査をしたところ、右側卵管閉塞が見つかった為、大阪NewARTクリニックを訪れました。富山先生から、片方の卵管がだめな人は、もう片方もだめな人が多いとの説明を受け、すぐに体外受精をすることにしました(私は、幼いころに虫垂炎から腹膜炎を併発しています)。体外受精をしてもなかなか着床せず。着床しても繋留流産をし、手術を繰り返しました。そして、不育症の検査をしたところ、不育症であることもわかりました。通院して2年、今回着床し、ようやく順調に大きくなってくれました。現在15週目、ヘパリン注射ももうすぐ終了できそうです。治療開始当時、主人は子供に興味がなく、「扶養者が増えるのは嫌だ」と言っていました。主人が一人っ子であることや、私の年齢的なこともあり、私は「子供ができても何もしてくれなくて良いから」と言い、こちらに通い始めました。なので私は、弱音を吐くことができず、主人がいない事に一人で泣く日々でした。そんな環境でのスタートでしたが、時間とともに主人の気持ちも少しずつ変化し、夫婦で話し合うことも増え、一緒に出掛けることも増えました。お金も時間もかかりましたが、私たち夫婦にとっては、必要な時間だったのかなと思います。通院中は、先の見えない不安でいっぱいだと思いますが、自分にも必ず明るい未来は来る!と信じて、納得するまで諦めないでほしいです。皆様に幸せが訪れる事を心よりお祈り申し上げます。最後に、富山先生をはじめ、スタッフの皆様大変お世話になりました。こちらに来ることが辛くなり、投げ出しそうになった時期もありました。皆様の細かい気配りに支えられ、卒業という形でこちらを後にすることができる事嬉しく思います。本当にありがとうございました。

あなたへのメッセージ

  • 大阪New Artクリニック 院長からのメッセージ
  • 夫婦で治療に臨まれた 男性の方のメッセージ
  • 妊娠期間を経て無事に 出産された方のメッセージ