妊娠するためのヒント:卒業者のメッセージ

体外受精、顕微授精、精巣内精子採取術

  • 年齢30歳氏名N.A様

    先生の治療スピードにはびっくりしました。初診の日がちょうど排卵の頃だったのですが、いきなり、「明日、精子持ってきて!!」って言われたことは今でも忘れられません。結局は体外受精で妊娠しましたが、あのスピード感が成功に導いてくれたんだろうなと思います。待ち時間が少ないこともストレスにならず、本当に助かりました。2人目の時もお願いします。ありがとうございました。

  • 年齢42歳氏名R.I様

    結婚して半年経っても子供ができなかったので、不妊治療を受けた友人から、こちらの大阪ニューアートクリニックを薦められて、すぐに訪問させていただきました。説明会で先生が今の私の年齢でもまだ大丈夫!とハッキリとおっしゃられていたのを聞いて、こちらで頑張ってみる事を決意。それでも最初はなかなかの抵抗もあってタイミング法1回、人工授精1回してからすぐに体外受精へ変えて、体外受精3回目にやっと授かる事ができました。年齢が年齢なので無地妊娠できて本当に良かったと思います。これも全て富山先生のご経験と積み重ねて来られた実績の上でのお力だと思います!スタッフの皆さんも温かくて誠実な対応を常にして下さるので居心地も良く楽しく通うことができました!!これから治療を始められる方は1日も早く体外受精に挑戦されて、1日も早く赤ちゃんを授かられる事を心より祈ってます!

  • 年齢35歳氏名R.U様

    もともと生理痛が酷く他院で治療をしていましたが、結婚を機に治療を中断しました。子供はすぐに授かるだろうと思っていましたが、私自身体調を崩し、また生理痛も酷くなり、痙攣を起こすほどの痛みに襲われ、子宮内膜症を患っていたのでこのままではいけないと思い、こちらのクリニックへ通うことになったのは去年の5月頃でした。初めて富山先生とお会いして事情を説明した時に、「大丈夫!!絶対妊娠できるから!!」と言っていただき、とても勇気づけられました。先生からは「人工授精を6回続けて結果が出なければ、体外受精へステップアップしましょう!」と言われました。初めての人工授精で期待もあり、すぐに妊娠できるだろうと思っていましたが、実際には人工授精を4回受けましたが良い結果を得られず、私自身どうしようか悩んでいましたが、4回目の人工授精がダメだったら体外受精へ進もうと思い、先生へその旨を伝えました。「あなたがそうしたいなら、そうしましょう!」と言っていただき、体外受精の治療も並行していただきました。時間を無駄にしたくなかったのと、仕事の兼ね合いもあったのでとても嬉しかったです。その後、1回目の採卵をしましたが思っていたよりも卵子の状態が良くなかったとのこと。かなりショックでしたが卵子の状態を確認することができ、とても良かったと思いました。卵子がこんな状態だと、人工授精で妊娠するのは難しいだろうな?と納得できました(笑)。2回目の採卵に向けて、卵子の状態を少しでも良い状態にしたかったので、「できることは何でもします!!」と先生にお願いしました。卵子の状態を良くするサプリメントや葉酸、毎日の注射に投薬などで体調を崩すこともありましたが、途中でやめようとは思いませんでした。そのおかげで、卵子の状態がとても良く、受精卵を凍結することができました。本当はすぐにでも移植したかったのですが、子宮が腫れていたので1か月見送ることになりました。凍結卵移植後の判定日に「どうせ今回もダメだろうな」と思いながら部屋に入った途端、先生に妊娠してるね。おめでとう!!と言われ、「えっ!?」と固まってしまいました(笑)。

  • 年齢39歳氏名M.O様

    大阪ニューアートクリニックに来るまで2年間、地元のクリニックでタイミングや人工授精を試しましたが全く妊娠せず、治療は最後の気持ちでこちらの病院を訪れました。初めは体外受精に対して前向きではなかったのですが、富山先生の説明会を聞いて危機感を覚え、半ば先生の勢いに流されるように体外受精に進みましたが、採卵で卵の数が少なくて落ち込み、移植も陰性が続きました。それでも2回目の採卵で良い卵が採れ、なんとか初めての陽性判定を頂きました。ここまで来れたのはやはり富山先生や培養士さんの技術、先生のすばやい判断力、看護師の皆さんのチーム力や優しさだと思います。採卵、移植に関してはすごく緊張してガチガチでしたが看護師さんが優しく声をかけて下さり、怖がりの私でも無麻酔で採卵することができました。毎日の自己注射には泣きそうになりながら旦那と共に乗り越えました。治療中は精神的にも金銭的にも苦しく、この長いトンネルがいつまで続くのか不安の毎日でしたが、この治療生活もまた人生の試練だと思うことしかなかったのです。今でも自分が妊娠出来た事が信じられない気持ちですが、無事に出産までたどり着けるよう願うばかりです。治療中の皆様、富山先生を信じてついて行って下さい。

  • 年齢38歳氏名I.N様

    結婚前に、子宮内膜症で手術をしていた為、予防の為にピルを服用していました。ピルをやめると出来やすいと聞いたのですが、なかなか授からず、他院で人工授精を6回行いましたがうまくいかず、友人の紹介でNewARTクリニックにお世話になることにしました。体外受精は金額も高く、注射などで夫の協力も不可欠ですが、妊娠することが出来、本当に良かったです。妊娠が信じられず、毎回不安でしたが、富山先生の「変化を楽しんで下さいね。」という言葉で、楽しんでいいんだ、と思うことが出来ました!看護師やスタッフの皆様、すごく優しく接してくださり、富山先生は自信に満ちた発言をくださり、本当に感謝しています。このまま順調に赤ちゃんが育ってくれることを祈ります。本当にお世話になりました。ありがとうございました!!

  • 年齢38歳氏名A.K様

    富山先生をはじめ、多くのスタッフの方々、本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。私は結婚半年後から不妊治療を始めました。年齢も高く、潰瘍性大腸炎という持病があっても結婚したいと言ってくれた主人に、なんとかパパになってもらいたい!!と強く思っていたからです。すぐに体外受精から始めました。培養士さんが採卵の際、丁寧に挨拶してくださいました。1回目の採卵は8個採取、授精2個と少なく、6分割を戻すがダメ。2回目の採卵は6個採取、授精2個。胚盤胞手前の卵を戻しましたがダメ。3回目の採卵は7個採取、7個とも受精し、4個良好な胚盤胞になり、そのうち1個で人生初の妊娠反応がわずかに出ました。胎のう確認はできずでしたが、自分の体に自信が持てました。ただ、他の3個は全て不成功でした。4回目は6個採取で、やっと1個が桑実胚になっただけで着床にはいたりませんでした。毎回受精率も成長も良くない非常に厳しい現実でした。それでも先生は毎回対策を立てて全力でサポートしてくださり、看護師さんもいつも笑顔で接してくれて、私も「もっとがんばろう!!」と思えました。きっとこの苦難には何か意味があるんだと自分に言い聞かせ奮い立たせました。その日から毎日不妊に効くストレッチを主人としました。プチ旅行でリフレッシュしたりもしました。5回目の採卵では、3回目のときに服用して結果の良かったL-カルニチンを飲みました。採卵前の血液検査が良くなかったのですが、妊娠反応を頂けました。先生がまるで自分のことのように喜んでくれたことが、ありがたかったです。7週目で出血が続きましたが、なんとか今日に至ってます。不妊治療は、メンタル面を維持するのがとても大変でした。ストレスや焦りがつのり、どういう努力をしたら良い結果へ行くのか全く分からないまま採卵回数だけが増えるばかりで、様々な感情の狭間で、いつも揺れていて苦しかったです。夜中に、ふと眠れなくなることもありました。そんな時、いつも主人が支えてくれました。いつも前向きにがんばれたのは主人の存在が大きかったです。「なんとかこの人をパパに!」という思いが根本にあったから続けられたと思います。そして、受精率、着床率のかなり悪い私が今日まで来れたのは、このクリニックのおかげであり、先生をはじめスタッフの皆様には本当に感謝しています。ありがとございました。あと半年、気を抜かずに乗り越えたいです。

  • 年齢38歳氏名A.S様

    私はこちらに来院するまで他のクリニックで体外受精をしていましたが全くうまくいかず。このまま続けていても……と思い、遠方ではありましたが、こちらの病院に転院を決めました。先生はとても自信にあふれ、「大丈夫!妊娠しますよ。」と力強い言葉をかけて下さり、頑張ってみようと決めました。家から電車で2時間弱かかるので、なるべく来院回数を減らして下さったりして、とても通いやすくありがたかったです。また、看護士さんや受付の方も丁寧で話しやすく、常に気づかっていただき感謝です。卒業までの道のりは1度目の凍結卵で妊娠しましたが、8週目で流産し、すごく悲しかったですが、2度目で現在卒業目前までたどりつけました。自分は妊娠しづらいのかと思い込んでいましたが、すんなりここまでこれて、こちらの病院に出会えて本当に良かったです。まだまだ不安定な部分もありますが、大切に過ごしたいと思います。本当に通院して良かったです。ありがとうございました。

  • 年齢35歳氏名A.N様

    私は結婚4年でこちらのクリニックに通い始めました。ずーっと子供が欲しくて欲しくて、でも全く気配がなく、とっても焦っていました。欲しすぎる気持ちが、逆にストレスになっていると分かっていても、やっぱり子供は欲しくってどうしようもありませんでした。通い始めて5ヶ月目くらいに妊娠判定が出ましたが、子宮外妊娠でした。流産オペが確定した時、本当につらくってスタッフさんの前で涙が出てしまいました。気をつかってもらって、クリニックの奥の部屋で泣かせてもらいました。夫には、妊娠できるということが分かって良かった、と言われたので、少し前向きになれました。人工授精、体外受精は未知の世界だったので、ただただ怖く、説明会に参加しても不安は残りました。ですが、スタッフの皆さんは、やっぱりプロなので、ビビりまくる私にも動じず、そばで優しく接していただきました。心強かったです。夫があまり一緒に居られなかったけど、安心でした。皆さまの旦那様にはできるだけ一緒に通ってほしいなと思います。通い始めて1年4か月で卒業が決まりました。また子宮外?などいろいろ考えました、が、何とか。ただ、ただ、嬉しい限りです。皆さまにも素敵な卒業の日が来ることを祈っています。

  • 年齢40歳氏名R.O様

    他クリニックでタイミング4回、妊娠せず、専門クリニックすすめられ、ニューアートクリニック受診。先生に時間がない事分かるでしょと言われ、すぐ体外受精をすすめられました。体外受精について、ほとんど知識がなかったためいきなり体外受精は不安である事を伝えました。とりあえず2回は人工受精してダメなら体外受精にする事になりました。それまでに夫婦で説明会に参加し少しずつ体外受精に向け知識を高め、気持ちの準備をしました。2回の人工受精で妊娠はせず、少し悲しかったけれど、体外受精に期待して頑張る事にしました。1回目の採卵4つの内2つだけ受精し胚移植しましたが結果妊娠せず。自己注射や点鼻薬内服、頑張ったのにと辛くて、悲しくて…2回目の体外受精がダメならもう諦めようかと考え、主人に気持ちを伝えました。2度目の採卵で5つ。5つとも受精したとの由で3つ胚移植、2つは凍結する事に。凍結が出来た事で3回目の体外受精も可能になり少し気持ちに余裕が出来ました。胚移植後、妊娠判定までの時間、とても長く感じました。いよいよ妊娠判定日、採血結果待ち。きっとダメだと思い不安でいっぱいでした。先生より「ホルモン値あがってるので妊娠してますね、おめでとう、弱音吐いてたけど頑張って良かったね」と笑顔で言って頂き、嬉しくうるうるしました。それから1週間おきに受診しエコーで胎のう、胎芽、心拍と確認出来、受診の前日には不安で泣いてしまったりしましたが9週5日で卒業する事になりました。弱音ばかり吐いてしまう私を支え続けてくれた主人に感謝し、これからも夫婦力を合わせて無事に出産出来る様頑張ります。先生をはじめ看護師さん、受付さん、スタッフさん、いろいろありがとうございました。治療を頑張っている皆様、辛い事、不安な事多いと思いますが、先生と相談して諦めず夫婦で支え合って頑張って下さい。私は主人のおかげでのり越え頑張る事が出来ました。

  • 年齢33歳氏名R.S様

    人工授精を別の病院で8回程行いましたが授からずこの病院を紹介して頂き受診することになりました。体外受精についての詳しい知識がほとんどなくとても不安に感じていました。そんな時、先生、看護師の方が行われている説明会に参加させて頂き、「この先生についていけばきっと大丈夫だ!」と。今まで不安に思っていたことが全てクリアになりました。治療の中で一番つらかったのは採卵でした。慣れない投薬や、その当時は仕事もしていましたので両立がとてもつらく、自分ばかりが痛い思いをするのに耐えられなくなっていました。そんな時、採卵に向けてのカウンセリングの先生とお話しする機会があり、自分の素直な気持ちを聞いてもらい、「筋肉注射をご主人にしてもらってはどうか?」とアドバイス頂きました。ご主人と“痛み”を共有することが大切だともおっしゃってました。それからは筋注は主人の役割となりました。私の気持ちもずいぶんやわらぎました。 凍結受精卵移植を3回行い、3回目で妊娠が解りました。先生を信じて、付いていけば大丈夫です。もちろん主人の支えもあってここまでがんばることができました。残り卵2個ありますので又お世話になりたいと思っています。ありがとうございました。

  • 年齢43歳氏名A.Y様

    二人目の不妊でお世話になりました。 他院で体外受精(採卵1回、胚移植3回)がうまくいかず、主治医から「40歳を過ぎたけれど、続けますか?」と言われ、こちらに転院してきました。富山先生には「40歳で諦めるのは、早すぎる。」と言っていただき、採卵3回、胚移植8回、稽留流産2回、43歳で妊娠しました。成功の秘訣は、先生を信じて淡々と進めることだと思います。途中、「本当に妊娠するのだろうか。」と不安になったとき、「先生は、ダメなときは、はっきりダメと言う人なので、先生が大丈夫と言っているのなら、それを信じましょう。」と看護師の塚本さんが言ってくださり、「いつかは妊娠する」と信じることで、淡々と最後まで頑張る事ができました。それでも、判定日は、合格発表の日みたいに緊張し、ダメだったときには落ち込み、その繰り返しに疲れていました、しかし、9週目での稽留流産を経験したことで、「判定日は単なる通過点、ゴールではない。」と分かり、「ダメなときは、早い段階でダメと分かった方がマシ」と思え、判定日が楽になり、精神的な負担が減りました。私は、4歳の娘の育児をしながら、フルタイムで働き、奈良から片道1時間以上かけて、2年間休まず通院しました。それができたのは、一つは職場で治療をオープンにし、周囲の協力を得られたからだと思います。その他、通院の楽しみを見つけることも大切だと思います。ちなみに私の楽しみは、本を読んだり昼寝をすることでした(笑)。最後に、採卵は痛く辛いものでしたが、陣痛はもっと痛かったです。「必ずいつかは妊娠する。と信じて、痛い治療は「陣痛を耐えるための練習」と思い、淡々とがんばってください。

  • 年齢31歳氏名A.H様

    結婚後、1年たったころ自然妊娠したのですが8週目で稽留流産。すぐにまた子供を授かれると思っていたのですが1年たっても妊娠できず。職場で先輩や後輩が次々と妊娠し、(全部で4人も)私だけなんで授かれないんだろうと思っていて、つらく、悲しい日々を過ごしていたのですが、職場の1人の先輩がニューアートで授かったこと(その方はタイミングでした)もあり、半ば強制的にニューアートに連れてこられました。(笑)私は注射が特に苦手でなかなか不妊治療にふみきれなかったのですが先輩が後押ししてくれたおかげでここへ来て、自分が両方の卵管閉塞であることがわかり、すぐに子供がほしかったこともあり体外受精にふみきることにしました。何度も採血やホルモン剤の注射などしているうちに自分ではだいぶ注射嫌いが克服できたのではないかと思います。ただ、自己注射だけはどうしても出来ず主人に毎回してもらっていました。とてもありがたかったです。採卵は1番の難関でした。終わってみれば我慢できるレベルだと思いますが……。1度の採卵で9個、そのうち2個凍結(4AA、4AB)先生がおっしゃるにはとてもいい卵みたいです。1度目の胚移植では化学流産。2回目、子宮内膜の状態が悪く見送り、3回目の凍結胚盤胞移植で陽性。このたび卒業となりました。7ヶ月ほどで卒業となりました。妊娠判定待ちの時もお酒も大量にのんでいたし、生活をセーブすることはあまりしていませんでした。なるべくストレスをためないように他のことにも目を向けてほしいです。富山先生はいつもパワフルで私が悲観的なときでも「赤ちゃんはそんな簡単に心臓止まらないよ!」と言ってくれたことが心強かったです。看護士さんたちもいつもやさしく接して頂きありがとうございました。すべての方々が子どもを授かることが出来る様、心よりお祈りいたします。

あなたへのメッセージ

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