Dream of the future

夢 そして 未来へ

2017年4月、大阪New ARTクリニックは開院20周年を迎える事が出来ました。これもひとえに多く方々からの御指導およびスタッフ一人一人の協力、そして何より大阪New ARTクリニックへ来てくださった患者皆様の御支持の賜物と深く感謝しております。

卒業された方々から手紙をいただくことが多く、スタッフ一同これを喜びとともに励みにしています。赤ちゃんの写真がほとんどなのですが、最近では到底赤ちゃんには見えない中学生や高校生の写真をいただくことがあり、時の移り変わりの早さに驚かされることがあります。

1997年に私が大阪New ARTクリニックを立ち上げた当時は、今ほど生殖医療は一般化していませんでした。1978年世界で初めて体外受精(当時は試験管ベビーと言われていました)がイギリスにて成功し、日本でも1983年に東北大学にて体外受精が初めて成功しましたが、日本の生殖医療体制は欧米の進んだ生殖医療体制とは大きく異なっていました。日本の不妊症患者さん方は医学的にはまだまだ未熟で未発達な生殖医療しか受けておらず、医療的にも不妊症患者さん方は決して優遇されていたわけではありませんでした。しかし、生殖医療技術は大きく変化・進歩し、最新の知識・技術と安全性との兼ね合いの中で生殖医療分野はどんどん成長をしていました。

世界では体外受精が進化をして体外受精の技術・知識が急速に進歩していた当時、私は日々の診療のなかで、欧米の進んだ診療体制とは大きく異なる日本の生殖医療体制を目の当たりにし、不妊症患者さんにとって最良で最善のクリニックを造るべく、不妊症専門クリニックとして大阪New ARTクリニックを開院しました。

夢 そして 未来へのイメージ

1997年開院当初より「EBM」と「HUMANITY」を大きな2つの基本概念と考え、クリニックの心臓部である卵や精子を扱うラボと採卵や胚移植を行うスペースは最新の設備を導入し大型クリニックの半分のスペースを確保し、また、待合・処置室は通院が苦痛にならないようにホテルをモデルに考えました。

開院当時から最新の知識と最新の技術の導入に努め、不妊症はカップルの病気だと考え、夫婦で来院できる不妊症クリニックを目指し、不妊看護や当時では珍しかった不妊カウンセラーを導入し、心のケアーにも取り組みました。「生殖補助医療技術を中心とした不妊医療サービス」のレベル向上を目指し、2006年には日本生殖医学会において生殖医療指導医・専門医に認定されました。

私が1997年に34歳で志した最初の目標は達成できたかと自問自答する日々ですが、私が理想とした考え方を具体化することにより、患者皆様の支持を得て期待に応え結果を出せた事、社会に貢献できた事を今では非常にうれしく思います。

我々大阪New ARTクリニックは知識・技術・安全性において絶えず最先端であり続ける事が生殖医療専門スタッフ集団である大阪New ARTクリニックの使命と責任であると考え、「EBM」を1つの基本概念とし世界中から最先端の技術・知識を導入してきました。

また、どれだけ医学が進歩してもそれを享受するのは“ヒト”であり、我々を取り巻く社会が時代と共に変化し人々の意識が変わってくる中で変わらないもの・変えてはいけないもの、また変化とともに変わりゆくもの・変えていくべきものがありますが、“ヒト”を扱う限りいくら医学が進歩しても医療として変えてはいけない人間の尊厳があります。我々大阪New ARTクリニックは"ヒト"を扱う限り、“ヒト”を支え大切にする生殖医療専門スタッフ集団として「HUMANITY」をもう1つの基本概念としてきました。

これからもますます生殖医療専門スタッフ集団である大阪New ARTクリニックは医療の安全を担保しつつ、一人一人はすべて異なる人間であり、ベルトコンベアー式医療ではない個々の方々に必要で適切なTailor-made医療を提供するために、これまでもそしてこれからも「EBM」と「HUMANITY」を大きな2つの基本概念として成長・進歩し続けながら、レベルの高い最良の生殖医療を提供するようスタッフ一同努力していきたいと考えています。